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将軍の就寝を寝ずの番で守った「あ」「さ」「を」の役割と重病時の対応

「将軍」と「大奥」の生活⑯

■病気を患うと表・大奥、奥医師・幕閣まで大騒動

 

 将軍が病気になると、症状が軽ければ御休息之間で休んだが、重病の時は、御小座敷で女中の看病を受けた。奥と表との間には「御錠口」があり、ここから奥女中が表に出ること、表役人が奥に入ることを禁じていたが、将軍が病気の時は別で、表役人をすべて払い、奥女中を御休息之間へと入れた。これを「奥ジマリ」という。特例である。

 

 また、将軍の病気の時は奥医者が詰め、老中・若年寄・側衆なども詰めていた。

 

 病気がいよいよ大事ともなれば、奥医者は非常態勢で治療にあたり、老中・若年寄・側衆なども泊まりの番をした。つまり、奥女中の手に追えない症状の時は、男たちが総力をあげて看病する仕組みだったのである。将軍の病気は幕府にとって一大事であった。

 

 反対に奥へ表役人が入る時は、女中を人払いし、老中・御小姓頭取・小姓が奥に入る。これを「表ジマリ」といった。

 

 さて、将軍が大奥に泊まる夜はどうであろう。

 

 奥に泊まる際には、その旨を夕方までに告げ、床入りの間を指名するのが慣例であったという。深夜に思い立って大奥に行くことは、将軍ですらできなかった。夕方に指示を受けても、奥女中たちだけで準備できない時は、大奥勤務の男性役人が補佐する。将軍の大奥入りが「官業」であったことの証しといえよう。

 

 また、紅葉山の東照宮社参の前夜は大奥へ入ることはできないなど、思いのほか、将軍が大奥に入る時間は少なかった。大奥入りとは、江戸城において極めて神聖なことだったのである。

 

監修・文/種村威史

『歴史人』202110月号「徳川将軍15代と大奥」より)

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